ゴミに関して考えたあれこれ

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なんだかある日ふと、ゴミの事が気になって以来、ずっとその原因を探り続けてきた。そこで日々考えたことを徒然に書き留めていたのだけれど、どうも完成した記事になる気配がない。そこで、自分のメモに書き綴った文章を、そのまま記事にしてみることにした。だから、結論もまとまりも、つながりも、前後関係も、何も考えていない。記事というよりはメモ集。自分でも何を求めていて、どういう結論に向かうのかよく分からない。ただ、何か少しでも思うところがあれば、是非コメントで意見を残してもらいたい。他の人の意見を聞けば、何かひらめきがあるかも。どちらかというとそちらが目的だったりする。

ゴミに対する雑多な考察

この世に存在する物の一種、ゴミ。基本的には栄養と刺激のないもの。
毒と、退屈なもの。
社会的、経済的強者にとって、必要とされないもの。役に立たないもの。
ある時点まで機能を果たしていたが、現時点では必要ではなくなったもの。
空き缶、空き瓶、ガムの包装、残飯、もみ消されたタバコ、落ち葉、放射線廃棄物、チェルノブイリ、廃屋、折れた釘、男、女、子供、親、派遣社員、書き損じた書類、落選者の履歴書、ハズレ馬券、古い子供服、タピオカ。
毒を食ってでも生きなければならない人々。
誰からも必要とされない。少なくとも同じような場所で暮らしている人間からは、必要とされない。例えば、硬貨はゴミになり得ない。その場での共通価値観が見える。
逆に、その場(フィールド)の本質を探るなら、ゴミを見るのがいい。捨てられているものは、逆説的に価値観を表す。
プラスチックは生物の体に蓄積されるらしい?結局、循環からはじき出されてはいない?生命をめぐる?
ゴミの定義は欲求によって異なる。宝物とゴミの関係。
●なぜゴミは減らない?

ゴミはそもそもたいてい、内容物を保護するために作られている。ペットボトルは、中の飲み物を保護するためのもの。時間、営力、侵食、それらの進行を妨げるために作られた。だから、基本的に頑丈な造りになっている。保護という使命を果たした後の物(後のゴミ)は、保護するものも失せ、次は己自身を保護する。転がった要塞、打ち捨てられた防壁。中身を守ろうと、より優れた保護装置を作ろうとして、硬く、高い壁を作ろうとして、それによって処理が難しくなる。あまりにも高い壁を作りすぎて、中に入れなくなる。卵の殻というのは、全く相反する二つの要求に従っているらしい。まずは、中の生物を守るための保護膜。もう一つは、中の生物が割出てくることができる程度に柔らかいということ。あまりに硬くしすぎると、生物は出てこられない。
そういうことだ。この調整というのが卵の成立条件らしい。
そう考えてみると、ゴミというのは、中の稚魚が出てくることのできないほど硬い殻を持った卵のようなものだと言える。
ただ硬く、ただ高く、建設された防御壁。その防御壁によって、分解も破壊もされない。だから、ゴミは減らない。
目的の完遂によって打ち捨てられた道具。
それ自体には、明確な目的のないもの。
〇フィルタータバコを吸うための補助具。それ自体では役に立たない。
〇空き缶。中の物品を守るためのもの。
〇おもちゃ 使用期限が過ぎ、使用者の目的が変わったことでゴミになるもの。
〇クリスマス ゴミの着床日。いつか過ぎ去る幼少期にだけ役に立つもの。トイストーリー。
●ゴミの増殖効果
ゴミがそもそも誰かからの所有権から離れたものである以上、俺のゴミ、お前のゴミという差別はないはずだ。
ゴミがゴミであるにも条件がある。誰かの所有圏内に入っていること。見えないゴミはゴミではない。
ゴミがゴミであり得るには、見えざる手がゴミを掴んでいなければならない。
ゴミである条件 散歩をしていると、タンクと広げられた工具を見つけた。あ、大きめのゴミだと思って写真を撮ろうとしたら、それが、工務店の人間か誰かによって途中やめにされた仕事の作業道具であることがわかった。それはゴミではなくなった。僕にとって。誰にとってもゴミ。誰から見ても、どんな目的にも価値観にもそぐわない、適わないもの、それがゴミ?
人の多様性を表してはいる。ある人にとってはゴミでも、ある人にとっては宝物。
ゴミというもののもつ包容力というか、無限の領域。とにかく、概念として許容量がでかい。
誰にとっても絶対的にゴミ。
●例えば、捨てようと思っていたおもちゃにプレミアがつくとする。すると途端にそれはゴミではなくなる。金を得るという手段に変わる。
なんの手段にもなり得ないもの。現状を変える力を持たない。停止のイメージ。
人間の持っている目的に、なんの効果ももたらさない。
ゴミに連れ合うと、時間を浪費する。時間のごみ化。関わるものをゴミにする。ゴミの連鎖。モノの、存在の終着点がゴミだとすれば、ゴミを減らそうなんていう試みが成功するはずがない。全ての生が死に向かうように、全てのモノは、ゴミへと向かう。生物にとっての死のようなもの。ただ、それらは明確に違う。生物は死ねば循環する。循環の中で分解され、また別の存在になる。
生物は死んでなお、流転のイメージを拭えない。
死を避けるための行動との関連。死とゴミ。ゴミは人間の代わりに死んだんじゃないか。
人はゴミを見るとき、死の面影をそこに見ている。だからこそ人は、これらを見て見ぬふりをするんだろうか。
人間の目的は、還元していけばの話だけど、死から逃れるため。より良い生命活動をするため。死から逃れるため。
その目的を果たすため後に、打ち捨てられたもの、それがゴミ。つまり、人間の死を避けたことによる生贄、身代わりだとも言える。
病や天災などの、人間にはどうしようもない現象を避けるため、かつては生贄や人柱が使われた。人間が使われていた。
それが、プラスチックになったということだ。文明の進化の証でもある。
死が人間に要求し続ける、負債のようなもの。生きるなら、消費し、捨てよという命令。生命の前借りによって発生した、不良債権。死の刻印がなされる。それが、ゴミだ。
種としての生存から、前借りした生命力によって生きている。個の生が、種の生にとって、負担になっている。
死は避けられるが、ゴミは世界を圧迫し、少しづつ、破滅へと向かう。死が遣わした使者だとも言える。彼らは見ている。都市を、文明を。見張り続ける。忍び寄る死の影、ゴミの王国。
というより、人工物自体がゴミの影を持つ。人間が作ったものには、なんらかの目的がある。ということは、死にうる。生まれたのなら、死にうる。
なんら、得がない。関わりたくない。醜い。
景観を損ねる。色、形、全てが崩れて、霞んでいる。人工物のように整然としていないし、自然物のように、鮮烈でもない。
無用であるばかりか、邪魔ですらある。防壁によって、侵食を阻む。
遺跡には、歴史がある。趣がある。
人間の代わりに生きる。それが言葉だったり、物だったり、気持ちだったり。命を芸術に変えて、生きた証として残す。命の色、形、手触り。
ゴミは逆。人間の代わりに死んだモノ。死の証明書。死んだ延命装置。死の形、死の色。死の肌触り。
●捨てる 行為 断捨離
平気で物を捨てることができる人間もいればそうで無い人間もいる。愛着。思い出の額縁。モノが死んだことを認めない人間は、捨てることが出来ない。その人間が今までに捨ててきたモノの総量を見てみれば、今持っているものがわかる。そんな、喪失と廃棄の前提。
己から死を切り離し、生きることだ。それが捨てるということだ。捨てなければ生きられない。死に埋れてしまう。
死が見えたときに、人はそれを捨てる。
自殺は、己の廃棄だ。死んだから、死んだに過ぎない。根本が見える。
捨てるという行為。役に立たなくなった。すると、これの所有を放棄したいという目的を持つ。ゴミにさえ、目的を持つ。その一つの手段が捨てるということ。
ペッドボトルのコーラを飲む。ペッドボトルは、コーラの爽快感を得るという目的を達成するための手段だ。そして、空になった。ペッドボトルは、もう役に立たない。これを放棄したいという目的を持つ。その一つの手段が捨てるということだ。思っているより、能動的だ。あらゆる行為の中で、最も受動的な行為が、捨てるということ。目的が後ろを向いている。何をどうする、どのようにして、どんなふうに行為する。それがない。単に、捨てる。おそらく、人間が物を捨てるときの手つきは同じだ。個性は全く出ない。例えば、泣く時に、人目を避けさめざめと泣く人がいれば、大声を上げて泣く人がいる。人によって違う。捨てるのは、同じ。捨て方は同じ。先はないから。捨てるということは、完結を指す。その先の目的がない。行為の終着地点だ。手段と目的が一緒になっている行為。
かなり矛盾した行為だ。失うということが、そもそも受動的なことなのに。受動的な状態を生み出す能動。
失うという状況。それを能動的に引き起こす。失うとは、動詞に分類される。落とす、死ぬ、られるという活用がなければ、全て本質的には失うという言葉に還元される。
捨てるという動作、行為が、とても不明瞭な点について。
それを実現する、一番簡単な方法。それが捨てるということ。とても不自然。つまり人間的。
捨てることのできるものと捨てることのできないものがある。
自分を捨てることができない。
捨てるものを見れば人間が見える。目的が見える。その人間にとって死んだものがわかる。生かしたいものもわかる。絶対に捨てられないものと、捨てても構わないもの。
究極のところまで行ってなお捨てられないものは、自分を生かすと感じているもの。根本の価値観。それが浮き彫りになる。
ゴミという物の最大の特徴は、なんの手段にも、目的にもなりえないという点にある。
対局は金。金は、手段にも目的にもなる。

捨てる。人は、自分の中で死んだと思うものを捨てる

思いつく限り、書き殴ってみた。なんのまとまりも結論もないけど、つまりそういうことだ。これを映画キャラクターの洞察に利用してみよう。ゴミについても何かわかるかも。

追記:愛に関して。

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