スカーフェイス(ゴミ考察のサンプルその3)

作品考察
引用:映画.com

引用:映画.com

  • 目的→のしあがり、全てを手に入れる。
  • 捨てたもの→後退、妥協、つながり。
  • 捨てられなかったもの→烈火、激情

フィールド

裏社会

生活のため犯罪を犯す人間にとって、倫理観は高級嗜好品だ。倫理観を守り、生活ができるならそもそも悪事などしない。悪事は手段で目的じゃない。悪人にとって倫理観を持つとは食いあげるということだ。社会において、優しさはある種の負債だ。負債に耐えられる人間は普通に暮らす。卑怯な奴は強い。社会というものの宿命だ。ルールがあれば、抜け道がある。

普通の社会に生きていれば、むしろルールを守ること自体が目的になりがちだ。無意識にルールを守る。そもそも行動は決められていて、その中で自由は何かと考える。悪党は違う。まず目的があって、そこでルールとの折り合いを考える。ルールに詳しく、敏感なのは悪党の方だ。そして、悪党にもルールはある。悪党の中にも尊敬されるものとクズと呼ばれるものがいる。

トニーは、一般ルールはおろか、悪党のルールにも鈍感だった。ルールを守らない男。それが最初の印象。

キャラクター

反骨の男

彼はなんだかんだで、皿洗いの職にありつく。本来ならそこでゴールだ。難民としてアメリカに渡り、職を得、細々と暮らし、物語は終わる。でも彼は違う。トニーはその生活に不満を持つ。

肝が太い。相手が組織の人間でも平気で食ってかかる。銃を突きつけられ、殺してやると啖呵を切る。仲間がチェーンソーで生きたまま切られても金のありかを吐かない。ボスの女に手を出す。組織に遣わされた大きな取引でも、強気に出続ける。指図されることを嫌う。

妹がディスコで踊っているのを発見し、激怒する。所有ということの性質がよく出ている。物事の、自分の目的にあった面しか見ない。そのせいでゴミではないものが容易にゴミになる。

とにかく屈しない。それがこの男の特徴。敵はどんどん厄介になる。組織の幹部、ボス、国家。新たなる敵と戦う為に更なる悪党と手を組むことになる。家族も仲間も役に立たなくなり、捨てることになる。というより失う。ゴミになる。全てを所有しようとして。所有とゴミの関係だ。持てば、やがてゴミになる。必ず。いつか必ずゴミになる。命を与える創造主と同じだ。持つということ。この手で何かを持つということ。命を与えれば、同時に死を与える。人間は、目の前のものに目的を見出したときに、取手が見える。柄が生えてくる。

所有とは何か。自分の一部にすること。自分の一部だから、好きにしていい。妹の件に激怒するのもその点だ。妹が軽い男と連れ合うことは、彼の心理として、自分の体を汚されたに近い。指の一本を理不尽に切り落とされたような怒りだ。

全てを手に入れるという妄想と現実の釣り合いが取れなくなる。想像力に現実を食われる。想像は無限。現実は有限だ。死因は逞しい想像力。

彼の反骨は純粋な反骨。芸術家のような複雑で、静かで、隠密な反骨ではなく、もっとあけすけで、騒がしく露骨な反骨。反骨が輝くのは、底から空を見上げている時だけ。塔の上からの反骨は、結局全てを失う。

自分たちの調査をしているジャーナリストを爆殺しようとしているシーン。暗殺対象の乗る、爆弾を取り付けた車に、子供が乗りこんでしまう。映画で初めてトニーは困惑する。逡巡する。俺が女子供を殺すと思うかと怒り、結局シーサの使者を撃ち殺す。そのせいでシーサを始め、悪党連中は窮地に立たされることになり、トニーは彼らと戦争になる。その中で妹に手を出したマニーを、怒りに駆られ、殺してしまう。

象徴的な最後のシーン。この男の素性が全てわかるシーン。ヒップホップ界隈で、こう生きるべきだというシンボルとなっているのも頷ける。対立したシーサの私兵が豪邸に攻め入る。規模からして必ず負ける戦いだ。警護も、てもなく皆殺しにされ、玉座に孤立する。そこでもトニーはあいも変わらずコカインをやり続ける。錯乱し、銃を持って部屋に来た妹も、侵入者に殺されるが、機関銃を奪い応戦する。撃たれることにも意を介さない。

そのおかげで大量の敵を殺すことが出来た。主人公補正でもなんでもない。正に、彼がとってきた戦略だった。受けるなんて無い。引くなんてことは存在しない。降伏も、妥協も、躊躇もない。体中を撃ち続けられながら、なおも吠え続ける。「俺に敵うものはいない。」勝てることを見込んでいない。勝てるか勝てないかは、関係がない。勝てないと分かっていながら、抗う。

多分彼の人気の秘密はここじゃないかな。負け戦に堂々と挑む。動物の中で唯一、人間は利害で動くと思われているが、それは違う。動物こそ利害だけの存在だ。勝てない喧嘩はしない。事情があれば子ですら食う。利害だけではないところに人間の特徴がある。

トニーの捨てられなかったもの

トニーが結局、捨てられないのは己の烈火だった。これだけを抱いて死ぬ。これはゴミにならなかった。負け戦の前に、普通の人間は降伏する。烈火はゴミになるはず。そんなもの役に立たない。幸福のために。でも彼は襲いかかる多数に真正面からぶつかり、死ぬ。妥協も同情も許さない。彼は燃えるために生まれてきた。水も氷も、己の心臓さえも、燃料にして燃え続けた。

彼が烈火を必要とした場面は、その前に彼が激情に駆られたが故に起こったことだ。烈火が烈火を生み、炎が炎を育て、やがて燃え尽きた。これは、彼にとって世間の波に押し流されないための自分を保つ方法だったろう。Lose my mindというように、激情は己を失うという意味合いで使われる。ただ、彼は決して、己を失っていたわけじゃない。何よりも己を失わない為に、吠え、暴れていた。全てを打ち捨て、引きちぎり、蹴破ることで、最後の最後に己を手に入れた。

彼の幸福はここにあったのかもしれない。抗い続け、反逆し続けること。死ぬときにしか終わりはこない。死ぬことが幸福である人間もいるのかもしれない。激情は全てを失う。自分以外の全て。

 

52点

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